スタッフブログ
バスと歩んだ38年
2026.07.27
こんにちは、放送・通信エンジニアリング事業部の田鍋です。
私は現在、バス関連の仕事を担当しています。
一口にバスの仕事といっても、「運行管理システム」「出入庫システム」「免許証出勤確認システム」などさまざまですが、その中でも一番思い出深いのは「運行管理システム」です。
私とバスとの付き合いは、平成元年の入社当初から始まりました。気が付けば38年近く、一度も途切れることなく携わっています。
「運行管理システム」は「バスロケーションシステム」とも呼ばれていましたが、どんなシステムなのか全く分からず、上司(現在の常務)の後ろについて回る毎日でした。
バスが24Vで動いていることすら知らなかったので、本当にゼロからのスタートでした。
仕事の中でも特に印象に残っているのは、バス停の接近表示器の修理です。
表示されない原因がなかなか分からず、何台ものバスが目の前を通り過ぎるのを見送りながら、ひたすら原因を探していました。
ようやく修理が終わり安心して車に戻ると、思っていた以上に時間が過ぎていたことに気づきました。時に現場作業の厳しさを痛感することもありましたが、多くの経験を積むことができました。
私は現在、バス関連の仕事を担当しています。
一口にバスの仕事といっても、「運行管理システム」「出入庫システム」「免許証出勤確認システム」などさまざまですが、その中でも一番思い出深いのは「運行管理システム」です。
私とバスとの付き合いは、平成元年の入社当初から始まりました。気が付けば38年近く、一度も途切れることなく携わっています。
「運行管理システム」は「バスロケーションシステム」とも呼ばれていましたが、どんなシステムなのか全く分からず、上司(現在の常務)の後ろについて回る毎日でした。
バスが24Vで動いていることすら知らなかったので、本当にゼロからのスタートでした。
仕事の中でも特に印象に残っているのは、バス停の接近表示器の修理です。
表示されない原因がなかなか分からず、何台ものバスが目の前を通り過ぎるのを見送りながら、ひたすら原因を探していました。
ようやく修理が終わり安心して車に戻ると、思っていた以上に時間が過ぎていたことに気づきました。時に現場作業の厳しさを痛感することもありましたが、多くの経験を積むことができました。
もう一つ思い出深いのが、車載器の取り付け作業です。
当時は設定変更をジャンパー線で行っており、毎年100台近い車載器の設定を行っていました。
そのおかげか、今では都バス18営業所のコード番号や、おおよその保有台数まで覚えています。
普段、人に話す機会はあまりありませんが、長年この仕事に携わってきた証の一つだと思っています。
私も60歳まで残り2年を切りました。
振り返ると、人生の約7割をバスの仕事とともに過ごしてきたことになります。
「我ながら、よく続けてきたな」というのが率直な気持ちです。
気が付けば、自分も経験を引き継ぐ立場になりました。
長年培ってきた経験や知識を少しでも次の世代へ伝え、安心してバトンを渡せるよう、残りの時間も頑張っていきたいと思います。
当時は設定変更をジャンパー線で行っており、毎年100台近い車載器の設定を行っていました。
そのおかげか、今では都バス18営業所のコード番号や、おおよその保有台数まで覚えています。
普段、人に話す機会はあまりありませんが、長年この仕事に携わってきた証の一つだと思っています。
私も60歳まで残り2年を切りました。
振り返ると、人生の約7割をバスの仕事とともに過ごしてきたことになります。
「我ながら、よく続けてきたな」というのが率直な気持ちです。
気が付けば、自分も経験を引き継ぐ立場になりました。
長年培ってきた経験や知識を少しでも次の世代へ伝え、安心してバトンを渡せるよう、残りの時間も頑張っていきたいと思います。
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